1. ホーム
  2. NEWS
  3. 『ホッブズの政治学』著者?上田悠久講師【人文社会科学の書棚から】

『<助言者>ホッブズの政治学』著者?上田悠久講師
【人文社会科学の書棚から】

 人文社会科学部の学問について、教員の新著に関するインタビューを通じて紹介する不定期配信のシリーズ「人文社会科学の書棚から」。第二弾の今回は、20213月に『〈助言者〉ホッブズの政治学』を刊行した人文社会科学部の上田悠久講師に登場いただきます。インタビュアーは、人文社会科学部の高橋修教授です。(企画?構成:皇冠体育,皇冠足球盘人文社会科学部

DSC01395_r.JPG

ーーご出版、おめでとうございます。上田先生は、2020年の10月ご着任ですから、着任後、間もなくの刊行ということになりますね。出版助成も受けられているので刊行時期も厳守だったでしょうし、しかもコロナ禍で行動が制約される中、入稿から校正と、よく乗り切りましたね。

上田「ありがとうございます!正直、諦めかけたこともありました。この本の基礎になっているのは、私が2018年の末に提出した博士論文ですが、書籍化にあたり大幅に手を加える必要があると考えていました。ですが初めての授業担当に伴う準備でかなりの時間を使い、さらに2020年はコロナ禍への対応に追われ、研究に集中できる状況ではなくなってしまいました。そして有り難いことに茨大に就職できたのですが、それに伴う作業や新たな授業の準備を優先したので、出版は綱渡りの状況でした。出版社にも迷惑をかけましたし、年末年始や年度末の追い込み作業は苦労の連続でしたが、何とか間に合わせることができました。

 振り返ってみると、博論の骨組みが出来上がった、というよりもこの骨組みで行こうと決意したのはイギリス留学から帰ってきた2017年のことでした。それから息つく間もなく博論提出、授業、就職が続いたので、いまようやく落ち着いたところです。」

ーー走り続けてますね!お体を壊さないようにしてくださいね。私はまったくの門外漢なので、少し基本的な事実関係から教えてください。本書の主題のトマス?ホッブズは、17世紀イングランド(イギリス)の政治哲学者ですよね。世界史の教科書では、『リヴァイアサン』の著者で社会契約説の先駆けとなり、民主主義思想の先駆者のように語られていたと思いますが、あってますか?

上田「私たちが互いに契約し同意することで国家が成立すると考える、社会契約説の思想は民主主義の基礎と考えられ、その出発点としてホッブズはよく取り上げらます。しかしそうしたイメージは通用しなくなってきています。

 茨大とは別の大学で講義を担当していた際、「社会契約説で有名なホッブズ、ロック、ルソー」と言った時に、ある受講生から「その3人の組み合わせは自分が習ったのと違う」と指摘を受けました。確かに中学校の社会科公民分野の教科書を見ると、人権思想の代表的思想家として「ロック、ルソー、モンテスキュー」が取り上げられています。もちろん高校の世界史や倫理ではホッブズが登場しますが、中学では触れられないのです。

 その理由を考えてみると、「ホッブズの思想は民主主義にはなじまないのでは」という懸念があると推測しています。彼の業績は哲学や歴史学など広範に及びますが、最も有名と言える政治学に関する業績(実は彼が50歳代以降に発表したものです)を素直に読めば、一人の権力者による支配を否定しておらず、むしろ強大な権力の必要性を主張していることは明らかです。戦後の日本では、ホッブズをあえて民主主義の擁護者と位置づけることで、民主主義の重要性を示す動きもあったように思いますから、いまは反動が来ているのかもしれません。」

ーーたしかにホッブズは、絶対主義や王権を擁護し、国家主義者だったように語られることもありますよね。それは正しいですか?

上田「それについては正しいとも正しくないとも言えます。17世紀中頃に起きた「ピューリタン革命」(この用語は必ずしも正確ではないのですが)においてイングランドは激しい内戦に陥り、ついにはイングランド人の手で国王チャールズ1世を処刑するに至りました。再び戦争に陥らないためには絶対的な権力が必要である、そう主張するためにホッブズは『リヴァイアサン』を書いたのだと、これまで言われてきました。

 彼はある種の思考実験によって、人々は自分の生存を確保するために、他の人々と契約を取り交わし、一つの国家に結合し、絶対的なリーダー(主権者)への服従を受け入れるのが当然の成り行きであると結論づけました。実は彼の議論はもっと複雑なのですが、こうした議論を見ると、絶対的な王権の擁護者というホッブズのイメージも間違ってはいないと思います。

 ですがイングランドの現実をみると、そもそも絶対的な国王など存在できたのか、という疑問もわきます。高橋先生は日本中世史がご専門ですけれど、例えば一国の領主がその支配下の人々を完全に掌握できていたかというと、そうでは無いと思うのです。家臣もまた自分の領地の経営者であって、主の言うとおりになるとは限らないし、寺社勢力や商人達も言うことをきくとは限らない。

 17世紀のイングランドも同じで、国王は国の「頭」として権威を認められ一定の力を持った一方で、法律家たちや聖職者、あるいは議会の議員たちなど様々な勢力がそれぞれ集団を作り、それぞれの思惑で活動していました。こうした「中間団体」と呼べるものを、国王は必ずしもコントロールできていませんでした。つまりこの時代に、私たちが想像するほど「絶対的」な国家はなかったのです。絶対的な権力の必要性を主張するホッブズの議論は、こうした政治状況の中で理解されなければなりません。」

DSC01450_r.JPG 上田講師と(左)と高橋教授

ーーなるほど。そのあたりが、先生が本書の中で、「助言者」としての側面からホッブズに切り込んだ分析視角と関係がありそうですね。

上田「ホッブズは主著と言える『リヴァイアサン』の第25章のタイトルを「助言について」と名付け、助言者とはどのような存在かについて論じています。彼がこの章を書いた背景には、先ほど述べた「中間団体」がどれも、国王の「良き助言者」であることを自負していたという事情があると思います。

 例えば当時の議会は、国王の失政は王をそそのかす「悪い助言者」のせいだとし、国王の良き助言者である自分たちこそ王政の腐敗を(ときには武力によって)ただすべきであると考えていました。ホッブズは助言論を自ら論じることで、こうした既存の「助言者」たちの議論が破綻しており、彼らこそ王権を毀損しているのだと反論しているのです。

 ただしホッブズは、既存の助言者たちの存在を全否定しませんでした。主権者(国王)による国家の統治や運営において、知識や経験を持つ彼らの存在は必要不可欠でした。そこでホッブズは、助言者たちが集団を結成することはよくないとしながらも、主権者(国王などの国のトップ)に対して個別に助言することが望ましいとしたのです。こうして導き出されるホッブズの国家像は、私たちが思っていたほど過激ではなく、むしろイングランドの現状に対する改善策だったのではないかと思っています。」

ーーホッブズのこうした主張が社会契約説ともつながりますか?

上田「残念ながらホッブズの主張がそのまま受け入れられたとは思えないのですが、むしろホッブズの考えに反論を試みようとすることで、結果として新たな思想が生まれていったように思います。例えばルソーはホッブズを名指しで批判していますが、ホッブズとは異なる社会発展の道筋を描くことで、「人民主権」で有名な議論を導いています。

 ホッブズの契約論の前提となっている「人間は元来利己的である」という想定も、当時激しい批判に晒されましたが、その結果人間が持つ「共感」への関心、あるいは人間の利己的な活動が社会的利益を生むメカニズムへの関心が高まり、道徳哲学や経済学が発展しました。ホッブズの過激に見える議論は、その後の思想を形成する触媒だったと思います。

 もっとも、私が本で強調したのは、後世に残る過激な思想よりも、彼のもうすこし穏当で現実的な主張だったのですが、そうしたものは残りにくいのかもしれませんね。」

DSC01394_r.jpg

ーーよくわかりました。このあたりに本書のオリジナリティがあるわけですね。上田先生の専門分野は政治学ですが、最後に、17世紀の政治思想を学ぶ現代的意義についてお話を聞かせてください。

上田「いまの政治思想史の研究者は、現代の価値観を過去に投影することにとても慎重ですし、私も現代的意義を強調したくはないのですが、それでも「政治学」として過去の思想に取り組む意義はあると私は考えています。

 本でも強調したのですが、それこそ古代ギリシアの時代から、政治と哲学(あるいは学問)は緊張関係にありました。ホッブズのような政治思想(政治哲学)の著作は抽象的で現実離れしているように見えますし、実際当時の政治家からも、政治のことなど分かっていない哲学者による、荒唐無稽な「空想」だと批判されていました。ホッブズは政治に見切りをつけて世間から離れることもできたと思うのですが、哲学者として政治について考える道を選択しました。そして彼は抽象的な理論を示すだけではダメだと思い、イングランドの現実や伝統に沿った処方箋を書こうと苦闘していたのだと思います。

 私の本のタイトルに「政治学」と入っていますが、私は政治に向き合うホッブズの姿を通して、政治学という学問について、そして政治学に携わる私自身について考えていたのかもしれません。政治思想史は、今の政治的事象についてデータに基づき分析する現代の政治学とは、趣が異なるように思われるかもしれませんが、政治に向き合い「苦闘」する過去の思想家の知られざる姿を描き出すのも、政治学の重要な営みであると考えています。」

ーー現代政治を批評するだけが政治学じゃない、時代の中で政治や権力と正面から向き合った哲学者が何を考えたのか、腰を据えてじっくり考えてみる。それは、とても意義のある学問的営みだと思います。今日は、たいへんわかりやすいお話をありがとうございました。

(インタビューは、2021510日、人文社会科学部上田悠久研究室において)

DSC01389_r.JPG

書籍情報

  • 上田悠久『〈助言者〉ホッブズの政治学』風行社、4500円+税、20213月刊